フエで最も観光客が訪れる3つの皇帝陵を巡る

 

光と風に満ちたベトナム中部の地に位置する古都フエは、長い歴史と豊かな伝統を誇る街です。独自の価値とアイデンティティとともに、歴史的遺構や壮麗な宮殿、陵墓で広く知られています。

 

阮朝の皇帝陵は、毎年何十万人もの観光客が訪れ、その建築の美しさを鑑賞したり、皇帝の生涯や治世、功績について学んだりする人気の場所です。王室の暮らしや皇帝たちの死後の世界に対する好奇心は高まるばかりです。 

フエの帝陵は、まるで神話の中に忘れ去られた世界のような雰囲気を醸し出しています。阮朝の皇帝たちは自らの陵墓を自ら設計し、それぞれの気質や哲学、優先した価値観を反映させました。深く探求してみると、これらの帝陵が皇帝たちの生涯や魂を体現しているだけでなく、国家統一や軍事活動、フランス植民地主義による文化的影響など、ベトナムの最も興味深い歴史的時代を物語っていることに気づくでしょう。

歴史や文化の愛好家におすすめ:ミンマン帝陵

ミンマン帝陵

写真:TITC

フエ市中心部から12km離れたカムケ山、フォン川の西岸に位置する厳かなミンマン帝陵は、阮朝で最も偉大な皇帝の一人と称されるミンマン(明命)帝の墓所です。

18ヘクタールにおよぶ広大な敷地は外壁で囲まれ、宮殿、寺院、東屋(パビリオン)など40の歴史的建造物が配置されています。ミンマン帝陵は、自然景観と建築群が見事に調和した最高傑作と評されています。この陵墓は軍事的な威勢と成功を反映しているだけでなく、文化的保守主義も表しています。ミンマン帝の領域は現在のベトナム全土からカンボジア、ラオスにまで広がっていました。皇帝は孤立主義をとって外国の宣教師を排除し、儒教思想を強化しました。

フエの帝陵の中で最も威厳のあるこの場所は、春には鮮やかなハスの花が咲き誇る池や、松の木に覆われた美しい丘で飾られています。ミンマン帝が眠る最期の場所は年に一度だけ開けられる施錠された門の奥にありますが、彼を包み込む大きな木々の近くまで行くことができます。

夢追い人やロマン主義者におすすめ:トゥードゥック帝陵

トゥードゥック帝陵

写真:TITC

トゥードゥック(嗣徳)帝は芸術と詩歌を深く愛し、その情熱を注ぎ込んでロマンチックで華麗な陵墓を作り上げました。トゥードゥック帝は自らの安息の地が自然と調和することを望みました。すべての帝陵の中で最も緑が豊かで、自然と一体化した構造となっています。

トゥードゥック帝陵は、偉大な知識人でありロマンチックな精神を持っていた皇帝の人となりをよく伝えています。在位中、この場所は当初「万年基(Vạn Niên Cơ)」と名付けられ、皇帝が政務から離れて詩作に情熱を傾ける隠れ家として機能していました。陵墓へ向かうには、ヴーキエム(Vũ Khiêm)門から始まりキエムクン(Khiêm Cung)門へと続くレンガ敷きの歩道を進みます。キエムクン門の前には、ルウキエム(Lưu Khiêm)と呼ばれる穏やかな池が広がっています。 

元々は小さな小川だったこの人造池は、皇帝によって功徳の源と考えられていました。夏には水面がピンク色のハスの花で覆われます。ルウキエム池にはズーキエム(Dụ Khiêm)とスンキエム(Xung Khiêm)という東屋があり、皇帝はここでチェス(将棋)を楽しんだり、お茶を嗜んだり、読書をしたりと、洗練された時間を過ごしました。

他とは一味違う異彩を放つ見どころ:カイディン帝陵

カイディン帝陵

写真:TITC

カイディン(啓定)帝の陵墓は、東洋と西洋の様式が刺激的に融合したデザインにより、人々の評価が分かれる建造物です。カイディン帝は阮朝の中で最も個性的で風変わりな皇帝であり、フランスの植民地支配を受け入れたとされています。父親と同様に高級輸入物を好み、自らの陵墓に巨額の費用を投じたため、民族主義的な指導者たちから批判の対象となりました。

この陵墓は周辺の他の陵墓とは異なり、造園された平坦な敷地ではなく、松に覆われた丘を登る一連の階段状テラスで構成されています。中国、ベトナム、フランス、さらにはカンボジアの建築様式の影響が見られます。最も印象的なのは外観と内装のコントラストです。カイディン帝はファサード(外壁)に白いコンクリートを選び(現在は雨風により黒ずんでいます)、内装には繊細で絢爛豪華なモザイク装飾や壁画を施しました。